平成20年 札幌学生野球連盟春季リーグ戦

(第57回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(平成20年5月4日~26日 札幌円山球場)

  • 合宿は茨城県波崎町。投手陣は古村を中心に層が厚く、主砲井上中心の打線、2年生捕手に期待。
  • 第1節は序盤3連勝で波に乗るかと思いきやその後2連敗し、第2節は1勝しかできず通算4勝6敗の4位で終了。優勝は道都大。

平成20年 札幌学生野球連盟秋季リーグ戦

(第39回明治神宮大会予選)
(平成20年8月26日~9月16日 札幌円山球場、札幌ドーム)

  • 第1節は初戦から4連敗となり、第2節に2勝し、通算3勝7敗の4位であったが、1勝差で辛うじて最下位を免れた。優勝は北翔大。
  • (主将)原田雅亘、内海景憲、大野信、清水裕太、小川匡則、沖田政崇、今野巧也、澤田海彦、宮川浩樹、M坂本(鎌田)和香、塩出加奈。

平成21年 札幌学生野球連盟春季リーグ戦

(第58回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(平成21年5月4日~27日 札幌円山球場)

  • 安達三朗監督、八塚桃雄(昭和48年卒)コーチの布陣となる。
  • 合宿は茨城県波崎町。故障の癒えた古村も回復し投手陣が豊富で、主砲井上も健在で期待が持てるチーム。連盟事務局を北大が継続。

平成21年 札幌学生野球連盟秋季リーグ戦

(第40回明治神宮大会予選)
(平成21年8月25日~9月18日 札幌円山球場)

  • 第1節は3勝2敗で乗り切るも、第2節は1勝しかできず通算4勝6敗の4位で終了。優勝は全勝の道都大。
  • 第1節に道都大を延長戦で破るも、第2節とともに1勝ずつに終わり、通算2勝8敗で最下位に。岩教大との入れ替え戦は第3戦までもつれ込んだが、4年生が意地を見せ1部残留となった。優勝は学園大。
  • (主将)服部廉太、井上卓、難波宏介、安住悠、阿部寛朗、巌上純也、尾曽勉、河西啓公、古村惇朗、細野雄太、山崎喜則、渡邉弘務、M山田翔子。

安達監督、4度目の神宮に導く

平成22年 札幌学生野球連盟春季リーグ戦

(第59回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(平成22年5月4日~27日 札幌円山球場)

  • 合宿は茨城県波崎町。投手陣が大量に卒業し、打線も中心がいなくなり新しい選手の台頭に期待。
  • 第1節は初戦学園大に惜敗するも、捕手から転向した石山が好投してその後の目処が立ち、佐藤輝も頑張って残りを4連勝し、第2節は5連勝し、石山5勝、佐藤輝4勝の通算9勝1敗で8年ぶりの優勝を勝ち取った。

平成22年 札幌学生野球連盟秋季リーグ戦

(第41回明治神宮大会予選)
(平成22年8月31日~9月23日 札幌円山球場、札幌ドーム)

  • 第1節は好調なスタートを切ったが3日目にメンバー登録のミスから没収試合となり2勝3敗、第2節は3勝2敗と健闘したが通算5勝5敗で4位に終った。
  • (主将)城嶽祐太朗、吉本勝、石丸謙造、石山智也、清原一樹、紺野祐司、浄野智規、高橋良輔、堤篤大、馬場隼、福田裕、水越大喜。

初勝利とベストエイト進出

平成22年 第59回全日本大学野球選手権大会

(平成22年6月8日~11日 神宮球場、東京ドーム)

1回戦(6月8日 東京ドーム)

 計
     
四国学院  1
  • 北大は先発石山。3回に1点を先行されるが、5回に満塁から1番福田の死球で同点とし、2番城嶽の中前安打で2点を挙げて逆転し、石山の好投でそのまま逃げ切り、全日本での初勝利を挙げる。

2回戦(6月10日 東京ドーム)

 計
広島経大   
北   大  
  • 北大の先発は佐藤輝。初回福田の2塁打と梅辻の左前安打で先制し、8回には木村優のスクイズなどで2点を追加し、最後は石山が締めくくりベスト8を決めた。この試合、広島経大の3番柳田の攻守が光ったが、この柳田を6回の2死3塁でけん制死させたことが試合の流れを北大側に向けた大きなプレーであった。柳田は現在ソフトバンクの主力として活躍している。

延長14回も準決勝進出ならず

準々決勝(6月11日 神宮球場)

10 11 12 13 14  計
  
1X  4
  • 準々決勝はプロ野球に多くの選手を輩出している八戸大。北大は先制を許すも4回に四球を絡めて2点を取り逆転、5回に再逆転されるも8回には2死3塁のチャンスをつかみ明日に備えて温存していたドラフト候補塩見(現楽天)を引っ張り出し、その塩見から3番堤が中前打を放ちついに同点、スタンドは総立ちとなり延長戦に入った。延長に入り防戦一方であったが佐藤輝の好投と木村などの攻守もあって延長14回に入り引き分けもささやかれる中、八戸大の1番田代(現西武)の撃った打球は無情にも右翼ポールを直撃し、3-4でサヨナラ負け、3時間21分が短く感じる最高の試合であった。神宮球場での1勝はならなかったが、多くの人に感動を与え、北大は閉会式で学生野球の真髄を示したとして特別表彰を受けた。


神宮で特別表彰を受ける城嶽主将

平成23年 札幌学生野球連盟春季リーグ戦

(第60回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(平成23年5月3日~26日 札幌円山球場)

  • 合宿は茨城県波崎町。石山と中心の野手が抜けて底上げが必要。
  • 第1節は1点差の試合が続くも最終戦に大敗し2勝3敗、第2節も2勝3敗で通算4勝6敗の4位に留まった。優勝は道都大。

平成23年 札幌学生野球連盟秋季リーグ戦

(第42回明治神宮大会予選)
(平成23年8月24日~9月19日 札幌円山球場、札幌ドーム)

  • 第1節は2勝3敗、第2節は1勝4敗、通算3勝7敗で4位に終った。優勝は札大。
  • (主将)宮崎賢太朗、中野拓真、中野塁、梅辻拓弥、佐藤輝、杉谷将宏、増山遼太、横手智史。

平成24年 札幌学生野球連盟春季リーグ戦

(第61回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(平成24年5月1日~25日 札幌円山球場)

  • 合宿は茨城県波崎町。2年生投手の踏ん張りとクリーンアップの成長がカギ。
  • 第1節は2勝2敗1分。第2節は2勝3敗で通算4勝5敗1分の4位に留まった。優勝は道都大。

平成24年 札幌学生野球連盟秋季リーグ戦

(第43回明治神宮大会予選)
(平成24年8月25日~9月12日 札幌円山球場、札幌ドーム)

  • 第1節は初戦札大に勝ったもの2勝止まり。第2節は1勝3敗1分で通算3勝6敗1分となり辛うじて5位確保。優勝は道都大。
  • (主将)和田圭央、佐藤駿人、敦澤貴啓、泉澤知宏、伊藤拓海、木村優斗、高橋涼、野坂泰宏、横村幸大、金海運(キム ヘウン)、M向井美那子。

平成25年 札幌学生野球連盟春季リーグ戦

(第62回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(平成25年5月1日~25日 札幌円山球場)

  • 合宿は茨城県波崎町。強力な投手陣が健在、課題は得点力。
  • 第1節、第2節ともには2勝3敗で通算4勝6敗の3位。優勝は道都大。

平成25年 札幌学生野球連盟秋季リーグ戦

(第44回明治神宮大会予選)
(平成25年8月25日~9月12日 札幌円山球場、札幌ドーム)

  • 春と同様、第1節、第2節ともに2勝3敗で通算4勝6敗も同率で3校が最下位。最下位決定戦で札大、道東海大に大敗し最下位に。入れ替え戦で札院大に2連勝して、かろうじて1部残留を決める。
  • (主将)宮本有樹、角田尭史、紺田大介、関原敬志、高橋駿人、
  • 西山隆晃、丸茂拓也、木村知彰

平成26年 札幌学生野球連盟春季リーグ戦

(第63回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(平成26年5月1日~24日 札幌円山球場)

  • 合宿は茨城県波崎町。秋から安達総監督、八塚監督体制に。
  • 第1節は2勝3敗、第2節は1勝4敗で通算3勝7敗の4位。優勝は道都大。

平成26年 札幌学生野球連盟秋季リーグ戦

(第45回明治神宮大会予選)
(平成26年8月26日~9月29日 札幌円山球場、札幌ドーム)

  • 第1節は2勝3敗、第2節は1勝4敗の通算3勝7敗で、北翔大と同率最下位となり、決定戦で2年生川上投手の快投で最下位を免れる。
  • (主将)津田直輝、滝野沢佑輔、武田圭弘、荒木慶樹、岩国大貴、磯光、梶友郎、齋藤勇気、鈴木健太朗、鈴森雄貴、高橋遼地、谷畑淳史。

平成27年 札幌学生野球連盟春季リーグ戦

(第64回全日本大学野球選手権大会北海道予選大会)
(平成27年4月30日~5月30日)

  • 合宿は茨城県波崎町。梶、鈴木の両エースが抜け、川上が頼りの投手陣。打撃陣も津田を始め、武田、滝野沢の好打者が抜け厳しい布陣。主将中田が頼り。
  • 第1節は惜しい試合を落し1勝3敗1分。第2節は初戦の学園大戦で昭和13年以来のノーヒットノーランを喫し、厳しいスタートとなったが、2戦目の道都大戦は4年生三木田の好投と延長10回、代打田中のサヨナラホームランで道都大に5年ぶりの勝利。最終戦の札院大に勝ち、辛うじて最下位を免れる。優勝は道東海大。

平成27年 札幌学生野球連盟秋季リーグ戦

(第46回明治神宮大会予選)
(平成27年8月30日~9月27日 札幌円山球場、札幌ドーム)

  • 第1節は小差負が続き1勝4敗と苦しい展開。第2節は北翔大に勝って2勝8敗でようやく同率5位となり、5位、6位決定戦では4年生三木田の好投もあって2-0で勝利し最下位を免れた。
  • 優勝は道都大。


対道都大戦で10回裏代打田中がライトオーバーのサヨナラホームランを打ち生還

北大の永遠のコーチ齋藤一男さん逝く

 昭和37年卒の齋藤さんは都立小山台高校時代に都の選抜選手となり早稲田大学に入学したが、後に大洋ホエールズの名2塁手になる近藤昭仁とポジションが重なり、あきらめて北大に入学した。北大では長い歴史の中でも5指に入る名プレーヤーであったことはだれもが認めるところであり、ノンプロの富士鉄室蘭に誘われた。学生時代にはプレーのみならず、精神的なことから僅かのところで神宮出場を果たせなかった経験を後輩に伝えるため、卒業してからも30年以上にわたり自費で札幌に来て指導に当たり、春の合宿、樽商戦、七大学戦などにも常に参加していた。

しかし、平成27年6月の東京支部の総会後体調を崩し、9月15日、胃がん発病後僅か2ヶ月で帰らぬ人となった。葬儀には北大野球部の多くの先輩、後輩が駆けつけ別れを惜しんだ。