初優勝、ついに神宮球場へ

第14回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

決勝戦(昭和40年5月30日 札幌中島球場)

 計
学園  5
北大 X  7
  • 新チームの監督は湊克之(昭和36年卒)。4年生は8人。合宿は仙台。資金調達、冬のトレーニング等勝つための準備は万全であったが、春の札樽4大学リーグ戦では学園大に惜敗続きで、道学芸大札幌、樽商大とは1勝1敗づつで大会に臨んだ。
  • けが人が続出したが、2回戦函館商科短大、準決勝北大水産学部戦に危なげなく勝ち、学園大との決勝戦に臨んだ。前半リードを許した北大は3回に2点、6回には1死満塁からの投ゴロが悪送球を誘い3者が生還し同点となった。そして8回に川井の3塁打と中居の中前打で勝ち越しそのまま逃げ切り、学園大の11連勝を阻止し、初の神宮出場を果たした。
  • (主将)岡本博志(博)、伊藤勝三、川井洋三、近藤洋、高木靖雄、田口侊男、中居紀幸、穴口昭三、齋藤哲彦、M沢谷英俊。

6回裏1死3塁からのスクイズ失敗

学園9回裏最後の打者の3塁ライナー

優勝して応援団に挨拶するメンバー

 

1.勝つための準備

1)資金調達

  東京オリンピックの女子バレーの決勝戦の夜、雪降る札幌の街をリヤカーを押して、ダンスパーティ開催の奇抜なポスター(右図)貼りを行い、中島体育館に1,500名を集める。

2)新4年生の団結と体制整備

学生だけでやることも学生スポーツの意義があるが、部長、監督、コーチ、主務、選手の体制を整える必要がありとし、今宮部長、湊監督、加藤コーチの体制をとり、実質、今宮部長が指揮を執ることとなった。

3)戦力補強と冬季の猛練習

優秀な新2年生(山口)の勧誘と冬の札幌の夜、「死の10㎞ロードワーク」。半分がひざに故障。

4)球場整備

新球場が完成して1年使用して欠陥を整備要請。

2.勝利のポイント

1)2年生の成長

前年のチームから3~5番が抜け、新チームになっても打線が固定できずにいたが、冬の猛練習、春の仙台合宿で2年生が急成長して3~6番までを担い、その前後を4年生が固めるオーダーとなった。

2)けが人続出も

1回戦で田口が左手首骨折、林が左手首腱鞘炎、蛯沢の足首捻挫のほか西村、岡本の肩の故障などを抱え、田口は準決勝、決勝を欠場し安達セカンド、西村一塁の布陣を組んだ。林は準決勝を欠場して1年生丸尾が穴を埋めたが、前日痛み止め注射をした結果奇跡的に回復し決勝に臨んだ。

3)同点後のスクイズの失敗

6回裏1死満塁からの学園大の投手ゴロ処理の失敗で同点となっての1死3塁、2-2からの林のスクイズは成功したかに見えたが、間一髪アウトとなり勝ち越しとならなかったが、これが勝因の一つ。

4)勝ち越し前のランダウンプレー

7回表の学園大は無死1塁3塁のチャンスにスクイズ失敗。ここで北大は3塁走者を一発で刺し、すぐに1塁走者を狭殺したプレーが8回裏の勝ち越しにつながった。

初めての神宮でコールド負け

第14回全日本大学野球選手権大会

1回戦(昭和40年6月16日 神宮球場)

 計
北    大  0
関東学院大 X  9
  • 岡本主将が宣誓した開会式直後の試合で、勝負は初回に決まったと言える。2死後2点本塁打を打たれ、その後も加点され、北大は5回コールドを免れるのがやっとであった。その中で5回からリリーフした古田の好投が光った。
    戦後初めての神宮球場登場で、駆けつけたOBは相当数に上った。また、応援団も同行し、よれよれの羽織、袴に白襷、ざんばら髪を風になびかせ、往時のバンカラ寮生スタイルでスタンドに陣取り、「都ぞ弥生」や応援歌を高唱し、相手方を圧倒し、一般観客からも注目を浴びた。
  • 敗因の理由
    もともとパワーの違いが歴然としていたが、さらに遠征前の寄付集めによる練習不足、暑さと湿度等が敗因であった。

神宮での練習後の記念写真

岡本主将の宣誓で試合開始

関東学院大4回無死1,3塁で重盗を試みるも安達の好返球でタッチアウト(捕手蛯沢)

第15回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

決勝戦(昭和41年5月29日 札幌中島球場)

 計
北大  8
学園 X 14
  • 監督加藤紘之。4年生は4人。仙台合宿を経て、12名の新入生を迎えて、練習に一段と熱がこもった。札樽リーグ戦で学園に3-5で敗れたものの、他は全てコールド勝ちであった。猛ノックで肩の故障者が続出し、疲れが取れない状態での大会突入となった。
  • 今大会の北大は、初戦の函大に思わぬ苦戦。4点をリードされていた8回に3点、9回2点を取りやっと勝ち越したが、その裏1点を取られ、辛くも引き分け再試合に持ち込んだ。準決勝の道学芸大札幌に勝ち、決勝は2連覇を狙う北大と奪還を期す学園大の対決は乱戦となった。
    学園大は序盤に大量点を奪いそれを北大が中盤に懸命に追いかけたが、終盤に追加点を与え北大の連破の夢は破れた。
  • この年、卒業生送別とグランド納めを兼ねて北海道出身者と道外出身者の対抗戦を南北戦と称して実施。
  • (主将)西村尚武、佐藤勝春、藤原良樹、M尾崎康弘。

第16回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

決勝戦(昭和42年5月28日 札幌中島球場)

 計
北大  0
学園 X  3
  • 監督に今宮明男が7年ぶりに復帰。4年生7人。仙台合宿で東北学院大を破るも札樽リーグ戦で学園大に連続完封され、その後の強化合宿で厳しい練習に励み、攻守両面で大会前の総仕上げを行った。
  • 神宮出場の主力組が最上級生となり、下級生の戦力も充実し、前年秋から学園大と対等に戦えるチームとなり自信を持って大会に臨んだ。帯畜大、函大に勝って、決勝は北大古田、学園大野坂両エースの戦いとなったが、決定打に欠け完封負け。打線の大会前の調整失敗と言える。
    この年、北大初の女子マネージャー誕生。
  • (主将)安達三朗、蛯沢一、外山信一、林克郎、古田政美、山口友之、M高田彬宏。

第17回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

1回戦(昭和43年5月23日 札幌中島球場)

 計
北大  3
札大 X  4
  • 4年生2人。合宿は仙台。3年生が主力。札大が加わった札樽リーグ戦は優勝決定戦で学園大を破り優勝、上り調子で大会に臨んだ。
  • 初陣札大と1回戦で対戦。序盤先行するも逆転されまさかの初戦敗退。決勝は樽商大が札大を破り神宮初出場。戦国時代到来か。
  • (主将)風間健、丸尾祐治、M田中晴夫。

第18回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

準決勝(昭和44年5月25日 札幌中島球場)

 計
北大  2
産短 X  4
  • 大学紛争の中でも練習は続けた。4年生8名、合宿は仙台。札樽リーグ戦は道工大と札商大(現札院大)が加わり8校となり、全道大会の予選として行われるようになった。北大は4勝3敗で辛うじて全道大会へ駒を進めた。
  • 1回戦の道拓殖短大戦にコールド勝ちしての道産業短大(現道都大)戦は、序盤4点を奪われ、8回2点を返すも準決勝で敗退。優勝は学園大。
  • (主将)井原和夫、加藤信久、芝公男、高橋周、中村尭生、藤川一匡、水木明彦、久保田忠雄、田中晃、M梅津茂。

井原和夫(昭和45年卒)が事故死

井原和夫(45年卒)は160㎝台の小柄の選手であったが、入学当初から2塁の守備が堅実かつ強肩で、彼が入って併殺が確実に取れるようになって引き締まり、打撃もシュアで長打力もあり、4年生の時は主将も務めた。その彼が日産化学に勤めての2年目に、工場の点検作業中の酸欠事故で死亡した。彼を偲んで船橋の斉藤一男(昭和37年卒)宅で同期も含めてささやかな弔う会を開いた。

第19回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

決勝(再試合、昭和45年6月3日 札幌中島球場)

 計
北大  2
札大 X 14
  • 野球部初の女性マネージャー西川を含めて8名の4年生。福元の弟が入部し圓子以来の兄弟部員。合宿は仙台で東北電電に敗れただけの3勝1敗で終了。札樽10大学リーグ戦は全勝で優勝。
  • 2回戦に樽商大そして準決勝で学園大を破り、決勝は札大。決勝は8回3対6でリードされていたが雨でノーゲーム再試合となった。再試合は序盤に大量点を奪われ札大に初出場を許した。
    この年から秋に明治神宮野球大会が始まった。決勝で札大に2-4で敗退。
  • (主将)菅原重広、小林(鈴木)正美、中野純一、水本博章、松田明夫、吉川泰隆、M中村英夫、西川(西脇)則子。

第20回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

準決勝(昭和46年5月29日 札幌中島球場)

 計
北大  0
函大 X  4
  • 4年生は4人。秋は3・2年生入れて選手は9人。春からも1年生が数人の少人数の陣容。合宿は仙台。仙台、札樽リーグ戦も好成績を収めて期待の持てる内容。
  • 2回戦の学園大戦は9回に2点を追いつかれ、延長戦になり21回表 1点を挙げ決着をつけたが、これは北海道の大学野球の最長記録となっている。そして準決勝の函大戦は前日の疲れもあり、敗退。道産業短大が函大を破り神宮初出場を果たす。
    第2回明治神宮大会予選は1回戦で札大に延長戦で敗退。
  • (主将)福元康夫、加藤俊介、萬豊、M瀬尾寛。

第21回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

1回戦(昭和47年5月26日 札幌中島球場)

北大
旭大 3x
  • 4年生は4人。合宿は東京。練習試合は雨で2校としか組めず、いずれも零敗。札樽リーグ戦は優勝決定戦で札大に5-6で敗れたが、大会に望みをつないだ。
  • 北大は旭大投手の速球を打ちあぐみ、エース三森の不調で失点が重なり7回コールドで初戦敗退。神宮へは学園大を倒した札大が2年ぶりに出場。
    第3回明治神宮大会予選は2回戦で学園大に延長の末、2-5で敗退。神宮へは札大が東北学院大を下して出場。
  • (主将)八塚桃雄、高橋和俊、福島康則、元風呂俊治、岡本洋一、岩元透。

八塚桃雄

昭和48年卒の八塚桃雄(現監督)は大学のコーチを務めた後、社会人チームの日産サニーに就職、選手3年、監督4年の計7年間在籍し、都市対抗予選の決勝リーグに4回出場という実績を残した。

第22回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

準決勝(昭和48年5月26日 札幌中島球場)

 計
札大  6
北大  4
  • 4年生が3人、3年生2人、2年生7人。合宿は伊豆の修善寺。雨が多く練習試合の相手にも恵まれず、札樽リーグ戦も2勝2敗で終了。かろうじて全道大会に出場。
  • 2回戦で室工大を破り、準決勝で札大と対戦。5点のビハインドを背負った北大は5回4点を挙げ追い上げたが、9回にダメ押し点を挙げられ準決勝敗退。優勝は札大。
    第4回明治神宮大会予選は再度札大に2回戦で敗れる。旭大が東北勢に勝ち、春秋通じて初の神宮出場を果たす。
  • (主将)夏秋哲央、相沢直人、三森雅彰、福元恒夫。

第23回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

2回戦(昭和49年5月24日 札幌中島球場)

 計
札大  7
北大  6
  • 第23回全日本大学野球選手権大会は札幌円山球場の「こけら落とし」として札幌での開催が決定。4年生は2人。しかし、チーム力は充実。何としても地元で開かれる全国大会への出場を期す。
  • 初戦は強豪札大との対戦。北大は1点を追う6回裏に大量6点を挙げ逆転、このまま逃げ切るかに見えた9回、北大の札大への苦手意識と緊張からか6点をとられて逆転され涙をのんだ。
    全日本大学野球は初めて札幌で開かれ、札大が快進撃したこともあって、準決勝の札大-早大戦は1万3000人の観客が入った。
    第5回明治神宮大会予選は2回戦で学園大に1-8でコールド負け。
  • (主将)荒川義人、小中幹雄、児島博。