第24回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

準決勝(昭和50年5月25日 札幌中島球場)

 計
北大  1
道短 X  3
  • 監督に院生荒川義人。4年生が4人。1年生が多数入部し、以降毎年1学年10名以上前後が加わるようになり、小規模部員数の時期を脱した。合宿は東京よみうりランド。札樽リーグ戦は3勝1敗で全道大会へ進んだ。
  • 2回戦の道工大に快勝して、準決勝は道産業短大戦。北大は2点を追う5回に1点を返したが、6回に3点目を奪われそのまま押し切られる。
    第6回明治神宮大会予選は2回戦で学園大に3-6で敗退。
  • (主将)近久武美(現部長)、岩見裕三、宮坂隆三、石川清、越智雅博、道下善明、M今宮廉(今宮部長子息)。

第25回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会

1回戦(昭和51年5月23日 札幌中島球場)

 計
北大  4
学園  6
  • 4年生5人で1年生が多数入部。合宿は東京調布市で行い、駒沢大に勝つなど3勝1敗で終了。札樽リーグ戦も3勝1敗で全道大会出場。
    明治神宮大会予選を兼ねて北海道6大学リーグ戦が秋から始まった。
  • 1回戦学園大に序盤リード許し、7回に2点差まで追い詰めたが無念の涙をのんだ。札大が優勝。
  • 新設の北海道6大学リーグ(第7回明治神宮野球大会道予選)の1部は、春の決勝2校と準決勝のうちの勝者の3校が決まり、残りの3校を15校のトーナメントで3位までとし3部制となった。北大は決勝まで進み1部に決定し、秋季リーグ戦に臨んだ。1部は北大、学園大、札大、旭大、函大、帯畜大で1回戦総当たり制。北大は2勝2敗1分けで3位となり、優勝は学園大。
  • (主将)川口義輝、伊藤修司、高橋昌弘、西垣栄、藤原陽三、木戸芳、倉田隆喜、辻奥宏昭。
  • 春の合宿は千葉県検見川で実施。部員は30名を超える。

昭和52年 北海道6大学野球春季リーグ戦

(第26回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(昭和52年5月21日~26日 札幌中島球場)

  • 春季リーグ戦は旭教大に勝利しただけで、函大のサヨナラ負けを始めとして札大、学園大、旭大に敗れ、1勝4敗で5位となった。春季リーグ初優勝は札大。

昭和52年 北海道6大学野球秋季リーグ戦

(第8回明治神宮大会予選)
(昭和52年8月30日~9月6日 札幌中島球場)

  • 秋季リーグ戦は函大、旭大、札商大に勝ち3勝2敗の3位と健闘。札大が優勝して春秋連覇。
  • (主将)高橋秀敏、石島和夫、佐藤一登、三村道丸、田端秀平、土倉宏一、M秋山丞、小野(阿部)陽子。
  • 春の合宿は千葉県八千代市で実施。3年生も多く期待が大きい中、春のリーグ戦を前に投手山崎が右足を骨折。

昭和53年 北海道6大学野球春季リーグ戦

(第27回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
昭和53年5月21日~26日 札幌中島球場)

  • 北大はリーグ戦で初めて札大に勝つなど3勝1敗で札大、学園大、函大と並び、第5戦を函大と戦うも延長戦で敗れ優勝戦線から脱落し3位となった。函大が優勝決定戦で札大に勝って優勝となり、北大は悔いの残るリーグ戦であった。

昭和53年 北海道6大学野球秋季リーグ戦

(第9回明治神宮大会予選)
昭和53年8月29日~9月3日 札幌中島球場)

  • 北大は1勝3敗1分けで5位に終わったが、札大には9回裏に2点差を逆転サヨナラ負け、函大とは延長戦で敗退、旭大とは延長12回サヨナラ負けと4戦はほぼ互角の戦いで惜しまれる5位であった。
  • (主将)森堅一、岡本政志、工藤寛、黒瀬渉、古瀬明彦、山川広行、山崎夏生、土谷政志。

北大初のプロ野球審判員誕生

昭和54年卒の山崎夏生は卒業後日刊スポーツに入社したが、配属が編集局でないため2年9ヶ月で退社して、プロ野球審判員を目指し、昭和57年、国立大出初のプロ野球審判員(パ・リーグ)になった。

1軍ゲームに出場したのは昭和59年7月10日であった。平成22年引退までの試合出場数は1451。歴代1位の17回の退場宣告をした。

平成23年からは審判技術委員(関東)となり、24年からは日本野球規則員会の委員に就任。24年「プロ野球審判 ジャッジの舞台裏」を発刊。

なお、25年度北大入学式で講演を行っている。

OB組織が初の全国総会

創部80周年の昭和55年6月、野球部OB組織「北大野球倶楽部」の初の全国総会が札幌で開催された。OB組織は戦前は「野球部会」として現役部員とで構成したが、昭和26年に「野球倶楽部」として再スタートした。東京では昭和44年に「東京OB会」を結成して現役を応援、旧制高校大会などへ参加をしてきた。「北大野球倶楽部」は平成7年に「北大野球部OB会」に変更、札幌本部と東京支部を置いて現在に至る。

  • 合宿は千葉県八千代市。4年生11人も、好打者浜田が水産学部に移行し、投手陣が代替わりしてやや不安のシーズン。

昭和54年 北海道6大学野球春季リーグ戦

(第28回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(昭和54年5月19日~24日 札幌中島球場)

  • 北大は旭大、函大、札商大に勝ったものの、強豪学園大、札大に勝てず3位となる。決定戦の結果、学園大が10年ぶりの春の優勝。

昭和54年 北海道6大学野球秋季リーグ戦

(第10 回明治神宮大会予選)(昭和54年8月31日~9月6日 札幌中島球場)

  • 北大は開幕2連勝するも、その後3連敗し4位に終わる。優勝は札大。
  • (主将)村上則好、伊藤啓司、岩田聡、浜田薫、小松原(関根)正明、内田幸男、玉川秀美、矢口新、吉野俊幸、M柴田正敏、高橋(赤城)淑子、村上(瀬戸紀美子。
  • 4年生は8人。合宿は千葉県八千代市。3年生も多く戦力的にはまずまずだが、合宿は雨が多く、けが人が続出し多難なシーズン幕開けとなった。

昭和55年 北海道6大学野球春季リーグ戦

(第29回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(昭和55年5月17日~22日 札幌中島球場)

  • 序盤に2連敗し、2勝3敗で4位に終わった。このゲームの50日後、中島球場は昭和24年7月オープンから31年の歴史に幕を閉じた。

昭和55年 北海道6大学野球秋季リーグ戦

(第11回明治神宮大会予選)
(昭和55年8月30日~9月5日 札幌麻生球場)

  • 秋季リーグ戦は1勝しか上げられず5.6位決定戦に臨んだが、旭教大に完封負けを喫し、最下位に沈んだ。しかし、入れ替え戦で札教大に2連勝してなんとか1部残留を決めた。
  • (主将)笹山顕、池田英雄、金田幸一、瀬戸俊樹、葉多修司、原田大一、平賀範明、南尚志。

野球部OB初のクラブチームへの参加

昭和54年卒の森堅一は卒業後市役所に勤務しがらクラブチームに参加、全日本クラブ選手権大会に北海道代表として3度出場。黒瀬渉も全国大会に出場している。2人の後にもクラブチームに在籍したOBは、平成23年卒で函館オーシャンで1年間プレーした福田裕を始め、平成27年現在で20名を超える。

北大楡陵クラブチーム誕生

昭和56年春、若手OBから要望の強かった硬式野球チームが結成された。名称は「北大楡陵クラブ」。監督は昭和32年卒の佐藤譲治。キャプテンは48年卒の八塚桃雄。学園大には接戦で敗れるも航空自衛隊など社会人チームには勝利し、56年度の成績は6勝7敗であった。

●合宿は千葉県八千代市。4年生6人、3年生投手陣も充実。合宿期間中のオープン戦もまずまずの成績であった。34年ぶりに甲子園球児入部。

昭和56年 北海道6大学野球春季リーグ戦

(第30回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)(昭和56年5月23日~30日 札幌麻生球場)

  • 旭教大、道都大には勝ったが、強豪の札大、学園大、函大に敗れ2勝3敗で4位に留まる。

昭和56年 北海道6大学野球秋季リーグ戦

(第12回明治神宮大会予選)
(昭和56年9月6日~11日 札幌麻生球場)

  • 10年ぶりに学園大に勝ったが、札大には初回5点を挙げ優位に立ったものの中盤逆転され4勝1敗で惜しくも2位に終る。優勝は全勝で札大。
  • (主将) 上原健、阿相文敏、岡田悟、嘉藤好彦、中川清一、M土生壱。
  • 合宿は大阪大キャンパスと北大水産学部の2班に分かれて実施。4年生9人、3年生も充実。

昭和57年 北海道6大学野球春季リーグ戦

(第31回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(昭和57年5月22日~27日 札幌円山球場)

  • 4年ぶりに札大に勝利したものの、3勝2敗で3位に留まった。優勝は4勝1敗同士の札大との優勝決定戦を制した学園大となり、春4連勝となった。

昭和57年 北海道6大学野球秋季リーグ戦

(第13回明治神宮大会予選)
(昭和57年9月4日~9月9日 札幌円山球場)

  • 札大、学園大に敗れ3勝2敗でまたも2位。学園大が春秋連覇。
  •  (主将) 石田人士、秋野禎木、稲垣雅人、金山達也、西岡隆二、
  • 西野一弥、宮森健司、吉本雅人、渡辺鋼市郎、飯尾裕、米谷善彦。

 

18年ぶり2回目の神宮出場決める

  • 合宿は茨城県日立市。4年生9人のほか3,2年生の戦力も充実。

昭和58年 北海道6大学野球春季リーグ戦

(第32回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(昭和58年5月21日~26日 札幌円山球場)

  • 2年生エース大友の低めを突く直球と鋭いカーブで、初戦の札大に勝ったが道都大に敗れ、4勝1敗で札大-学園大戦を見守った。この試合札大が勝つと北大とプレーオフに持ち込まれるところであったが、延長戦で引き分け、北大のリーグ戦初制覇が決まった。

18年ぶりの全道制覇。2度目の神宮出場を果たした。

  • 18年前の初優勝は学園大と北大が球界を二分していたが、私立大学が多く台頭し、総当たりのリーグ戦へ転換し、4部まである環境での優勝は高く評価できる。

昭和58年 第32回全日本大学野球選手権大会

1回戦(昭和58年6月9日 神宮第2球場)

 計
北   大  0
大阪商大  4
  • 残念なことに神宮本球場での試合はかなわず。18年前同様初回に失点し、その後も小刻み加点され、3安打で完封負けも9回まで試合。
  • この試合のポイントは3回8番山平の右中間を破る長打で、この回に同点にできれば、好投手でプロでも活躍した清川(近鉄ー阪神)を苦しめられたと思われる。
  • 試合は負けたものの、首都圏を中心に70名以上のOBが集まり、一般の北大出身者も含め300人以上の応援団となった。
    そして、恒例の北大応援団が大太鼓を打ち鳴らし、蛮声を張り上げ、校歌、「都ぞ弥生」を観客とともに神宮の森に響き渡らせた。

昭和58年 北海道6大学野球秋季リーグ戦

(第14回明治神宮大会予選)
(昭和58年8月26日~9月1日 札幌円山球場)

  • 初戦札教大にリーグ戦初勝利を献上し、続く学園大にも敗れ、その後健闘したものの、2勝2敗1分で2位となり、春秋連覇はならず。優勝は学園大。
  •  (主将) 廣田定憲、飯野隆之、大久保卓哉、澤田清明、菅野哲也、住田雄治、高田裕二、山本浩昭、太田勲、梅原茂樹、M萩原(高畑) 菜穂子。
  • 監督を務めてきた荒川義人が北海道栄養短大専任講師に就いたため、今宮明男部長が兼任監督となった。合宿は神奈川県三浦市西武初声球場で4年生は5人であったが、エース大友が残り、3,2年生も充実し連覇が期待された。

昭和59年 北海道6大学野球春季リーグ戦

(第33回全日本大学野球選手権北海道地区予選大会)
(昭和59年5月19日~27日 札幌円山球場、拓銀平岡球場)

  • 今季は各校の力が拮抗していたことから接戦が続き、最終回に決着する試合が多かった。北大も道都大に最終回逆転サヨナラ勝ち、函大に最終回に逆転負け、札大に延長12回サヨナラ負け、学園大には延長11回で勝利し、3勝2敗で4校が並びプレーオフとなった。プレーオフも接戦になったが1勝2敗で連覇はならなかった。優勝はプレーオフ後の優勝決定戦で勝った道都大が初制覇。

昭和59年 北海道6大学野球秋季リーグ戦

(第15回明治神宮大会予選)
(昭和59年9月1日~9月6日 札幌円山球場)

  • この大会は連戦連敗でついに最下位に沈んだ。入れ替え戦で北海北見大学に2連勝し残留を決めた。
  •  (主将) 三好敬久、石井真人、北林博憲、福嶋敏、山平靖雄、森川純、M飯野(伊藤)礼子、粕谷俊恵、本田(宮下)真子、中谷みゆき。
  • 合宿は神奈川県三浦市西武初声球場で行われた。4年生は5人。エース大友が残るも捕手山平が抜けたため三塁手の堀岡をコンバート。合宿期間中の練習試合は5戦全敗。

今宮部長、道新スポーツ賞受賞

この年の11月に今宮明男部長兼監督が北大及び北海道の大学野球の発展に寄与してきたことが認められ、第15回北海道新聞スポーツ賞を受賞した。